ゆるコーヒー会について

ゆるコーヒー会は、おいしいスペシャルティコーヒーを淹れるために、ゆるくみんなで楽しむ大人のカルチャー部活動。ロースター主導でなく、飲む人の視点を大切にし、偏りがち・言ったもん勝ちのコーヒーワールドとは全く違う自由な視点と自由なとりくみで楽しむ環境を拡げようと活動しています。

スペシャルティコーヒーは西欧主導。コーヒーの歴史は西欧に比べ日本は浅く、よい豆を選ぶ下地すべてにおいて後れを取っています。いい豆はまず西欧に行き、アメリカ、アジアへと渡る流れができてて、日本はあらゆる手を打って遅れを取り戻さないと、レベルの差は開くばかりであると、お店をやってて大きな危機感を抱きました。

何らかのカップ戦では日本代表が勝利を手にすることが増えてきたものの、それは「スポット技術」の勝利。資本・心情両方での生産地との長いつながり、そこからやっと得られる特定のロットの獲得成果、その継続的な成果はまだまだなのです。

一方、日本では進駐軍から払い下げられた、カビが生えたり、ゴミが入っているコーヒー豆をどうやったらおいしく飲めるようになるか、と、戦後独自の研究が進み、インスタントコーヒーの発明や、短時間で雑味を吹き飛ばす高温焙煎術、甘味を凝縮して抽出するネルドリップ抽出法などが普及し、苦味信仰・深煎り信仰が根付きました。

日本のもともとのコーヒー文化は、香味の多様性を楽しむスペシャルティコーヒーとは真逆の発想なのです。甘味と旨味を苦味の中から見出す基本5味をベースにしたもの、と言えます。

スペシャルティコーヒーを扱おうという日本の若きロースターたちはこの壁とも戦っていかなければなりません。たくさんのロースターたちが、こげ臭のする豆を焙煎せざるを得ない状況に追い込まれています(しかしそれらはすべて知らず知らずのうちです)。客の要望とはいえ、本来のコーヒー豆の良さを消した商品を提供してお金を取る実情の数々を、まのあたりにしてきました。気鋭の焙煎家がどんどん元気をなくしていく。私はそんなケースを何個も見てきました。

コーヒー屋さんとお客さんの関係は、ほとんどが宗教的信仰に近い関係性のもと成立している現実もあります。自分に都合のよい香味や理屈を並べてくれるコーヒー屋さんに中毒になるのです。その人の言っていることは盲目的に信じてしまう。だめな香味も焦げた焙煎も否定しません。和するのではなく同に傾くことは、その店をだめにしていく常道です。内輪で盛り上がる、ほかの考え方を排除する。みんなでその店をつぶす行為に溢れています。

かつコーヒーの世界は、言ったもん勝ちの世界です。香味はおろか基本5味も、いまだ科学的には未解明の分野が多く、コーヒー屋さんたちが掲げる持論のほとんどは経験則に基づいた科学的根拠のないもので、それにお客は飛びついては離れ、の繰り返しです。いかに自分の信者を増やすか、が、自分の豆を沢山売る成果と連動していて、主張すればするほどいいポジションが巡ってきます。

ちょっとまとめるとカオスなコーヒーの世界。

私たちはどうすればいいのでしょうか。

んー、笑い飛ばして無視すればいいです(笑)。知らんわ、そんなこと。

わたしたちは、自分の興味の赴くままにある日ある所に自分の道具を持って集まって、課題豆を淹れて比べて「ふうん」と納得する。それでいいんじゃないでしょうか。

いろんな人の「コーヒー」があります。それぞれに必要なコーヒーが今ここにある以上、いきなりこれせいあれせい、と言われても、身につくわけないわ。そんなことを強要する自称センセイさまや、同じ内輪受けの同調圧力かけてくるなんとかグループとかなんちゃらのファングループとか、うざくないですか?それよりも、今、個々ができるコーヒーのドリップをみんなの前で披露しあって、得られるものがあるならラッキー、程度でいいのではないか?って思います。

究極の話、どんな道具があっても、どんな人が淹れても、コーヒーの味はたぶんひとつにまとまります。会ではほんとうにおいしいって感じたら、「おいしい!」って言ってしまうんですから。「●●だからおいしい」とかじゃないんですよね。その「おいしい」を出すために、みんなは取りつかれてるわけでw

そのためには無数と言えるくらいの事例を体験して、無意識レベルで「この豆ならこんなところを出せば、喜んでくれんじゃね?」ってなると思うんですよ、うちの場合。実際に同じ香味に寄せて「おお、これは」ってなる会もぽちぽちと出てきているわけで。いろんな多様性とか言っておきながらおいしいっていうのはたぶんひとつだよね、と。

まあ、これは代表であるわたしのひとつの意見ですが。

ただ、やってもうらうことはあります。

香味の判定ができるように味覚を鍛えてほしい。

どんな豆が出てきてもおいしく淹れられるよう、自分の抽出法に多様性を持たせてほしい。

世界標準をわざわざ決めて、その枠組みの中で選ばれたコーヒーを楽しむ以上、その枠を理解し、使いこなしたうえで自分の流儀を作るのが筋。基礎のないところで自分だけの主張を繰り返すのはマスターベーション以外の何物でもありません。騒音です。うるさいです。実際知識をひけらかす人ほどゆるコーヒー会には参加しません。そんなに自説が大事なら、みんなの前で披露して、その日最もおいしいコーヒーを点ててくれればいいだけのことなんですけど来たためしがない。参加者には、そんな人にはなってほしくないですね。

抽出に多様性を持たせるのは、臨機応変の才とは違います。すべてのやりかた考え方を肯定し、いいところを取り入れ、新たな進化を生む。これをやろう、という気概がスペシャルティコーヒーを飲み続ける必須の才能だからです。

きのうまで90点だった豆が、きょうリリースされた豆に抜かれて翌日には85点以下に格下げされるのが、スペシャルティコーヒーの世界です。きょうまで正しい、と思っていたものがだめだと判定されてしまう。そのとき、当事者はそれを受け入れて再出発するしかないんです。「それでもここは」なんて言ってたら、石器時代に落とされます。進化を放棄した段階でその人はスペシャルティコーヒーを楽しめなくなる。それは避けたい。そうならないためには、会でたくさんの結果の違いをまのあたりにすることなんだと思います。そのひとつひとつにどうしてこういう味になったのかを説明できますか?できるようになれればいいですけれど、できなくてもその味を知る・受け入れるということで何かを得られます。

ゆるコーヒー会は、おいしいスペシャルティコーヒーを淹れるために、ゆるくみんなで楽しむ大人のカルチャー部活動。ロースター主導でなく、飲む人の視点を大切にし、偏りがち・言ったもん勝ちのコーヒーワールドとは全く違う自由な視点と自由なとりくみで楽しむ環境を拡げようと活動しています。

遊びながら、上達していく。まわりのひとをよろこばせる抽出ができるようになる。誰からの強要でなく、自分が自然に発見したことを組み合わせて達成する。それがゆるコーヒー会のモットー。そんな趣旨に賛同してくれる人がいたら、ぜひとも会に参加してください。

待ってます。

ゆるコーヒー会:経緯と代表のプロフィール

ゆるコーヒー会は、2011年12月末に、東京スコーン代表のタカフミが、墨田区の別のカフェマスターとコーヒー好きなお客さん4人で開いた「コーヒーを淹れる会」をきっかけに始まりました。2012年末までは墨田区などのほかのカフェマスターの参加をいただく大きめの会を開催していましたが、大規模化で実態に即したドリップが難しくなったことなどから、2013年から参加人数を7人程度にした小規模開催に変更しました。

2015年8月の東京スコーン押上店舗終了は都内を中心に不定期にフリーアドレスで活動中です。

主催者について:
田中隆文(タナカタカフミ)
墨田区京島にある爬虫類館分館での一日店長活動を経て東京スコーンオーナーに(2010~現在)。2012年から栃木県益子町のシェアスペース・ヒジノワメンバー。コーヒー好き、紅茶好きで店舗所有時にお客さんとカルチャー部をそれぞれ設置し、不定期活動を主催。ゆるコーヒー会はそのコーヒー部門。