コーヒーのおいしさという、わからないものに近づいていくために

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スペシャルティーコーヒーは、既存のレギュラーコーヒーにない香味をもったすばらしいコーヒーである、と、これを楽しむ人たちは言います。わたしもそれに賛成。楽しむならこれだ、と思うので、コーヒー会ではこの分類の豆だけを使おうと思っています。

一方で新しい分野、まったく違う分野と言っておきながら、世の中の焙煎やドリップ、味の感じ方、楽しみ方は、昔からあるコーヒーの方法論の延長にすぎない、と感じます。新しいものには新しい設計思想や概念の導入が必要であり、そのためにはすべてのプロセスをまず疑ってかからなければいけないのではないでしょうか。わからないところは客観的な検証をするための整備をすすめていかなければならないのでは。。?しかし、そういった検証を感じさせるような工夫を、それぞれのプロセスで、既存の「スペシャルティーコーヒー」を扱うお店から感じません。

どれにも答えはないのです。
しかし、わたしは今のほとんどのお店が出す味に満足できるものを感じません。

常に言うように、コーヒーは言ったもん勝ちの世界。客観的検証法が確立されていません。「これでいい」と言ってしまえばそこで話を終えることはできます。
ですが、あえてわたしは疑問点を挙げていきます。

焙煎方法は、それでいいのでしょうか?

そもそも「昔ながらの豆をどううまく焼こうか」という思想で作られたはずの焙煎機で、いままでの方法論で焼くコーヒーが、スペシャルティーコーヒーのコードに合致するのでしょうか?14,5分程度かける焙煎は、雑味を高熱で瞬間的に気化するテクニックから発した方法論だったと思います。そのやり方で雑味が少なく香味に多様性のある豆を焙煎するというのはどうなのでしょう?たとえば「ハゼる」というのは正解なのでしょうか?

ドリップ

いままでおいしい淹れ方と言われている方法論で、新しいコーヒーであるはずのスペシャルティーコーヒーが本当に美味しく飲めていると思うのでしょうか?香味を重視するには高温でそれをなるべく多く出すことが求められるのは、化学の普遍性から考えれば単純明快なテーマです。しかし、甘味やコクを出すことを重視しがちだった既存の(経験値から裏打ちされた)ドリップ方法論の多くは、スペシャルティーコーヒーを低温で抽出することをよしとするような論調すら見られます。

コーヒーのどれをもって「おいしい」というのでしょう?
「おいしい」とは、なんですか?
何を感じるから、「おいしい」となるのでしょう?
味を表現することばは、じつは10程度しかありません。複雑な香味が隠れているスペシャルティーコーヒーを表現するとき、この単語を使っていくことでしょう。しかし、香味があるからといっておいしいとは限りません。それらが自分の好みに合致した場合にのみ「おいしい」となる。では、万人に共通するコーヒーのおいしさとは、どんなものなのかというのをある程度決めないといけないのではないでしょうか?

ほんとうに、おいしさを楽しめてるのでしょうか?

その新しい「おいしさ」をふんだんなく楽しめていると言えるのでしょうか?
せっかく香味あふれるスペシャルティーコーヒーを飲むとき、スパイス満載のエスニック料理と一緒に楽しむのは、はたして楽しむと言えるのでしょうか?香味をミルクや砂糖で薄めしまう方法は、本当に正しいのですか?素材本来のおいしさを引き出す。日本人はそれをお米で実現しているはずなのですが、同じ原理を導入すべき香味あふれるスペシャルティーコーヒーには、本来の味を消し去るほど強いソースやスパイスをみっちりふりかけるのと同じようなことを是としている環境がいまだに強い気がします。

これらの課題に取り組むにはフラットでないと。。

改めて、コーヒーの世界には、これらを客観的に検証する方法論、技術論は、かろうじてカッピングスキルのみしかありません。焙煎や淹れ方、楽しみ方のオピニオンは、コーヒー豆をたくさん売れている人や見た目がオサレな人の味格と向上心の多寡と、本当にコーヒーを楽しみたいか、金儲けとみなしているかの度量によって紡ぎだされるコトバに左右されています。おいしいコーヒーを求めるならば、まずはわたしたち飲む側の人たちすべてが、常に新しく出てくる理論や方法論に寛容であることが求められると思います。でないと、本当に絶対的に評価できる手法が完成した時に、それを取り込むことができないと思うからです。誰かの理屈やスタイルにぶら下がってしまったら最後。それは思考の硬直化を意味します。本当のおいしさには永遠に達することができないのではないでしょうか?

ゆるコーヒー会では、隠れたテーマとして、これら4つの課題に、莫大な量の経験値を積み重ねて共有していくことで、近づいていこうと思います。
「答えなのではないか?」というものに近づいたとしても、近似値に過ぎないのは百も承知です。

しかし、今、ここにあるコーヒーを、今、少しでもおいしく楽しみたいと思うし、あした楽しむコーヒーはもっとおいしいものにしたいと思うから、絶対的な検査機器の発明や、科学的根拠に基づく論文発表を待ってはいられません。みんなで淹れたり、テースティングをしたりと、できることをやれるときに集まってガヤガヤやることを積み重ねて、コーヒーを楽しむということを総合的に、いつのまにか参加者みんなで高めていけるところにしたいと思います。

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